Satoshi Kitagawa
北川聡
昭和57年12月28日 大阪府生まれ
光星学院
173cm 72kg 右投右打
青森、光星学院野球部。他県から入部する選手が
数多い中、その1人でもあるのが北川だ。
甲子園というと、どうしても投手に注目が浴びてしまう。
そしてこの光星も巨人入りした根市が1番の注目の的だった。
北川は3番セカンドとしてチームをベスト4へ導いた
原動力者。その証に米国選抜にも選ばれた。
野球選手にしては小柄な体。
しかし、そこにパワーがある。
県予選で.291とまずまずのアベレージを残すも
甲子園に来てからはなんと.471。しかも長打が半分を占める。
17打数8安打のうち二塁打が3本、本塁打(3ラン)1本。
そして7打点と、打ったヒットのほとんどが得点にからんでいた。
初戦の丹原戦は5打数4安打3打点の大活躍。
敗れた智弁和歌山戦でも3点を追うチームは北川の3ランで
追い付いた。
「狙い通り速球を振り切ってベンチのムードを変える事ができた。
満足な甲子園でした」
北川が進学する東北福祉大は多くのプロ選手を育ててきた名門。
リーグでも24季連続優勝の圧倒的強さをもっている。
部員数はかるく100名を越え、レギュラーを勝ち取るのも難しい。
大きな選手が目立つ中、そこに小柄な北川が挑む。
育英に小林というセンターの選手がいた。彼もまた175cmと小柄ながら
大会1試合目でHRを打ち、北川と同じ福祉大に進学予定。
守備位置は違うが、大型揃いの福祉大でともに頑張ってほしい。
なぜ北川は、地元・関西の大学に進学しなかったのか。
もちろん福祉大でもおかしくはないが、生まれ育ったのは大阪。
きっとそれは甲子園最後の舞台後に、記者に言った言葉にあるのかもしれない。
「練習がつらくなったこともあった。でも青森では道を歩いていても
おばあちゃんが『がんばりなさい』と言ってくれる。親元を離れて
甲子園に来て、最後に1発が出てよかった」
北川の野球人生は東北を拠点にまだまだつづく。
(参考資料・報知高校野球 アサヒグラフ9・5増刊)
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