トップ新戦力の紹介>山田裕貴、黒田雅和

Yuki Yamada
Masakazu Kuroda

山田裕貴

昭和59年11月28日 大阪府出身
明徳義塾-関西大学
177cm70kg 右投右打

黒田雅和

昭和59年7月6日 広島県出身
広陵-関西大学
175cm73kg 右投右打   

春、山田は初戦(対金光大阪)の初回から鮮やかな守備を見せたくれた。
金光1死2塁のチャンスで、3、4番のセンターを抜けるかと思われた
打球に素早く反応し、キャッチ。
相手の流れを断ち切り、その裏すぐに先頭バッターとして2ベースを放ち
先制のホームを踏んだ。左手首骨折の影響を感じさせないハッスルプレー。
朝早い時間から見ていた観衆の目も、一気に覚めただろう。
夏も山田のヒットで明徳の快進撃が始まって、初優勝している。
特に彼の野球センスが光ったのは、夏の酒田南戦、3回表の攻撃。
振り逃げで出塁し、1死3塁の場面。森岡の投ゴロの間に
3塁ランナーの山田が一気にホームインした。
一瞬、何が起こったのかわからなかったが
山田の走塁センスと微妙な判断がもたらしたものだった。
森岡が打つ直前まで大きなリードを保ち、3塁に戻るふりをした。
投手が打球の処理をした途端、すぐさま自慢の快足でホームイン。
守備、打撃につづき、足も見せた山田。
「初戦」という固さがある中で、しっかりと自分の役目を果たしていた。

黒田は、春に優勝校・報徳学園に負けた悔しい思いを夏にぶつけた。
初戦の日本航空戦、好カードということもあって、8回終わって同点。
広陵は先攻のため、どうしても不利になってしまう。
この試合、広陵打線はいまひとつ。
しかし、黒田は長打を連発するなど、タイミングが合っていた。
なかなか黒田の前にランナーがたまらないでいたが
そのチャンスが9回表に訪れた。先頭の2番・中塚が3ベースで出塁。
黒田は変なプレッシャーに押しつぶされることなく
きっちりと犠飛をあげ、勝ち越しに成功した。
精神面の強さに定評がある黒田。だが、山田のいる明徳戦では
6回2死2、3塁のチャンスに三振を喫してしまった。
そのまま広陵は敗退。春につづき、悔いを残してしまったが
夏22年ぶりに出場した広陵を最後まで引っ張った。

甲子園で経験したことは全く違う。
同じ外野手だし、これからもライバル関係であることには違いない。
しかし、目指すものは同じ、リーグ優勝。
近年低迷する関大野球部を、優勝に導く運命を2人は背負っている。

 

 

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